2012.01.28
またまた千代乃春
今日の晩ご飯は、またまたアッセ2Fの千代乃春です。
魚料理が、けっこう安く食べれます。鮮度も良く美味しい。

刺身の盛り合わせ

しめサバ
どちらもみが厚い
他に、カワハギの煮付け、山芋焼き、おでん3本、もろきゅう、げそ焼き、おむすび2個セット
生ビール2杯、お酒1本
これで二人で6,550円也。
魚料理を食べて、これなら安いんではないかと。
今回で2度目ですが、今日もいっぱいでしたよ。
女性同士でも来店されていたし、仕事帰りの人も。

明日は、広島三越の屋上のオイスターガーデンです。
魚料理が、けっこう安く食べれます。鮮度も良く美味しい。

刺身の盛り合わせ

しめサバ
どちらもみが厚い
他に、カワハギの煮付け、山芋焼き、おでん3本、もろきゅう、げそ焼き、おむすび2個セット
生ビール2杯、お酒1本
これで二人で6,550円也。
魚料理を食べて、これなら安いんではないかと。
今回で2度目ですが、今日もいっぱいでしたよ。
女性同士でも来店されていたし、仕事帰りの人も。

明日は、広島三越の屋上のオイスターガーデンです。
2012.01.26
海の色
大河ドラマ「平清盛」での、海の色で、広島県知事と兵庫県知事とで、見解の相違があるようだ。
私は、そんなことより、「龍馬伝」の時にも感じたのだが、
あまりにも住んでいる風景が、殺伐としているのが、如何なものかと。
今回も都の風景で、道には雑草があるのはどうかと。
貴族が行き交う道は、綺麗のしていたのではと思うのです。
歴史学者でもないし、そのような知識もないけど、
文化が栄えてのだから、町並みにもそれなりの文明が向上していたのではと思う。
NHKは「よりリアルに時代の空気感を表現するための演出」と言っているそうだが、
「龍馬伝」で視聴率が良かったから、単に真似ているとしか思えない。
*************************************************************************
その江戸時代だが、松原久子著書の「驕れる白人と闘うための日本近代史」に、
初代イギリス駐日公使 オールコックが見た日本というのが書かれている。
日本のインフラは、とても良く整備されていて、綺麗だったと。
道には馬や牛の糞も落ちていなかった。
民衆の生活も、荒れてはいなかったようだ。
*************************************************************************
文化が育ち、文明が発達しているのに、生活が粗悪だと、それがリアルな世界だといえるのだろうか。
今の時代は、とても綺麗でなんでも行き届いている。
昔は、粗雑だったといえる根拠はなにだろう。
古い神社仏閣をみても、どれも手入れが行き届いている。
昔の家は、高機能住宅ではなかったとしても、清潔感はあっただろう。
家や周りの道が、雑草だらけだったとは、思えない。
日本文化では。
どうも、あのような描き方だと、過去の日本人を卑下しているようで、違和感を感じてしまう。
まあ、ドラマだから。
「平清盛」は。広島でも多くの人が期待している。
大河ドラマの観光効果を。
ところで海の色だけど。
同じ瀬戸内海でも、兵庫県の海と広島県の海とは、同じではないと思う。
瀬戸の小島が連なる海と、そうでない瀬戸内海。
海には空の風景も、島々の風景も写し出され、
また、季節や風によっても異なった表情を見せる。
同じ場所でも、紺色のとき、灰色のとき、碧色のとき、
そのときどきで、表情を変える。それも時間の経過とともに。
昔、一年の多くの時間に海と接していた。
だから思う、この海の色は、○○色だなんて断定はできない。
そういえば、小学校の頃に海の近くに住む親戚の家で夏休みを過ごしていた。
夏休みの宿題で絵を描くのに、瀬戸の海を描いた事がある。
海の色は、その場所場所で色が違っていた。
それは年上の従兄弟から、教わった。
「よく見てご覧、全部同じ色ではないよ」と。
一面に広がる海だけど、場所によって潮の流れの方向や早さも違い、
また、風が吹く方向も強さも違うし、同じように満遍なく海面に風が吹き付けるわけでもない。
海を囲む風景も違っているのだから。
太陽の光が、あらゆる物にふりそそいでいても、その反射する光の強さや色は、どこも同じじゃない。
広く大きくしっかりと見ていないと、心を静かにして見ていないと、気づけないのかもしれない。

政治家として、どのように見えるか、見るか、
それは海の色を、固定してとらえるのでは、見えない物も多いかもしれない。
それにより、人々の生活は、どのようにでもなるのだろう。
私自身もそうだが、決めつけてしまったことで、何も見えなくなっているのだろう。
私は、そんなことより、「龍馬伝」の時にも感じたのだが、
あまりにも住んでいる風景が、殺伐としているのが、如何なものかと。
今回も都の風景で、道には雑草があるのはどうかと。
貴族が行き交う道は、綺麗のしていたのではと思うのです。
歴史学者でもないし、そのような知識もないけど、
文化が栄えてのだから、町並みにもそれなりの文明が向上していたのではと思う。
NHKは「よりリアルに時代の空気感を表現するための演出」と言っているそうだが、
「龍馬伝」で視聴率が良かったから、単に真似ているとしか思えない。
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その江戸時代だが、松原久子著書の「驕れる白人と闘うための日本近代史」に、
初代イギリス駐日公使 オールコックが見た日本というのが書かれている。
日本のインフラは、とても良く整備されていて、綺麗だったと。
道には馬や牛の糞も落ちていなかった。
民衆の生活も、荒れてはいなかったようだ。
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文化が育ち、文明が発達しているのに、生活が粗悪だと、それがリアルな世界だといえるのだろうか。
今の時代は、とても綺麗でなんでも行き届いている。
昔は、粗雑だったといえる根拠はなにだろう。
古い神社仏閣をみても、どれも手入れが行き届いている。
昔の家は、高機能住宅ではなかったとしても、清潔感はあっただろう。
家や周りの道が、雑草だらけだったとは、思えない。
日本文化では。
どうも、あのような描き方だと、過去の日本人を卑下しているようで、違和感を感じてしまう。
まあ、ドラマだから。
「平清盛」は。広島でも多くの人が期待している。
大河ドラマの観光効果を。
ところで海の色だけど。
同じ瀬戸内海でも、兵庫県の海と広島県の海とは、同じではないと思う。
瀬戸の小島が連なる海と、そうでない瀬戸内海。
海には空の風景も、島々の風景も写し出され、
また、季節や風によっても異なった表情を見せる。
同じ場所でも、紺色のとき、灰色のとき、碧色のとき、
そのときどきで、表情を変える。それも時間の経過とともに。
昔、一年の多くの時間に海と接していた。
だから思う、この海の色は、○○色だなんて断定はできない。
そういえば、小学校の頃に海の近くに住む親戚の家で夏休みを過ごしていた。
夏休みの宿題で絵を描くのに、瀬戸の海を描いた事がある。
海の色は、その場所場所で色が違っていた。
それは年上の従兄弟から、教わった。
「よく見てご覧、全部同じ色ではないよ」と。
一面に広がる海だけど、場所によって潮の流れの方向や早さも違い、
また、風が吹く方向も強さも違うし、同じように満遍なく海面に風が吹き付けるわけでもない。
海を囲む風景も違っているのだから。
太陽の光が、あらゆる物にふりそそいでいても、その反射する光の強さや色は、どこも同じじゃない。
広く大きくしっかりと見ていないと、心を静かにして見ていないと、気づけないのかもしれない。

政治家として、どのように見えるか、見るか、
それは海の色を、固定してとらえるのでは、見えない物も多いかもしれない。
それにより、人々の生活は、どのようにでもなるのだろう。
私自身もそうだが、決めつけてしまったことで、何も見えなくなっているのだろう。
2012.01.24
イランの核への制裁
核兵器は持つべきでない、持てば使いたくなる。
核兵器は、大量無差別殺人兵器であるのだから、所持・使用禁止兵器にすべきだ。
無差別殺人だけでなく、人類の存続さえも危機にする、DNAを破壊する兵器でもある。
しかしながら、核兵器は未だに禁止兵器にはなっていない。
対外国に対する政治には、対話による交渉と経済的な交渉と武力による交渉がある。
一番いいのは、対話による交渉で解決すること。
でもそれで駄目なら、経済制裁。それでも駄目なら武力解決に進む。
イランの核兵器の開発疑惑に対して、会話による解決ができずに、経済制裁になる。
それに対して、イラクはホルムズ海峡を武力による閉鎖をするという。
このままでは、戦争になるかもしれない。
ホルムズ海峡を閉鎖されると、他国の原油を輸入するのに大きな障害になる。
アメリカは、このような事態を予測して、アフガニスタンをアメリカのために平定しようとしている。
アメリカの敵対国により、原油の輸入の障害にならないように、アフガニスタンを経由するパイプラインのために、
アフガニスタンへの軍事行動をしているのだから。
テロとの戦いは、平和のためといいながら、本音は自国の石油企業のためだろう。
国際政治は、国連の場で議論される、でも、ここは常任理事国という国が牛耳っている場所でもあり、
常任理事国にとって不都合なことは、なんら解決さえしない。
常任理事国は、核兵器の所有国でもあるのだから、核兵器が使用禁止兵器になることはない。
国連の場で、会話による交渉が持たれたとしても、それが常任理事国のとって不都合なら、解決はできず、
次の段階の経済的な圧力に進む。
特に核兵器は、常任理事国にとって、他国が持ってば脅威になるから許すわけにはいかない。
核兵器が簡単に使われない理由に、核抑止力があるが、これは核保有国の間でのことで、
核を持たない国は、核保有国(常任理事国など)によって、武力的には制圧されているようなものだろう。
核拡散防止条約は、核が多くの国に拡散して、核兵器の使用の危機が増えるかもしれないから、
現有の核保有国以外には、核兵器を持つ事を許さない条約のようなもの。
それは、核保有国に敵対する国は、核攻撃を受ける事があっても、反撃する事はできない。
外交交渉により、解決できないときの最終段階の武力対立(戦争)において、既に負けている事になる。
戦争行為は、政治手段の一つであり、国際社会では許されている。
アメリカは、簡単にこの政治判断を下している。
国連という政治解決をする場で、常任理事国(核保有国)により、対話による交渉も一方的であり、
すぐに経済制裁する。
また政治手段である戦争さえも、核保有国による核兵器による制圧をされている。
常任理事国に敵対する国が、政治手段である戦争で核制圧から逃れ、対等になるには核兵器を持とうとするの結果になる。
独立した国家は、対等であるべきだが、今の国際状況はそうではない。
国連の常任理事国制度を、見直さなければ、イランや北朝鮮のような国は、いくらでも現れるだろう。
また、核拡散防止条約という核保有国にとって都合の良い条約でなく、核兵器の所持使用を禁止する条約が必要だろう。
核保有国が核兵器を廃棄しない限り、イランに核兵器の開発を止めさせる理由がない。
なぜなら、独立した国家が、政治手段である戦争をするために、使用を禁止されていない兵器を持つ事を、
他の国が批判なんてできない。
それと、核兵器は持ってしまえば勝ちなのだから、その前例を作ったのがアメリカで、イスラエルに核兵器を与えたとされている。また、インドやパキスタンも核保有国になっている。
イランが核兵器を持ちたい理由には、アメリカによる中東などへの軍事侵攻があるだろう。
湾岸戦争やイラクなど、アメリカに都合の悪い国は、アメリカは戦争という政治行為で、
アメリカにとって都合の良い正義を旗印にし、侵攻してきた。
イランが、アメリカの軍事侵攻をから逃れるためには、核を保有したいと思うのは当然だろう。
核を保有しているとされているイスラエルが、簡単にパレスチナを軍事侵攻し侵略しているのを、アメリカは何もしない。
キリスト教国であるアメリカが、イスラム教国を次々と軍事侵攻をしているのだから、益々イランには核が必要に感じるだろう。
イランに経済制裁をしても、なんら解決はできず、戦争の危険性だけが増すだけだろう。
イランに核兵器の保有を諦めさすには、核兵器を使用禁止兵器にするしか方法はないのでは。
いままで、経済制裁で解決できた国際問題ってあったのだろうか?
経済制裁は、あくまで軍事行為への手続きとしか思えない。

イランのへの経済制裁は、アメリカ議会で決まった。
またEUも会議で決めた。
なのに日本は、議会での議論も無く、アメリカ議会の決定事項を従うだけ。
こんな政治ってあるだろうか?
日本は、日本としてどうするか決めなければいけない。
それが独立国家のしての義務だから。
民主党は政治団体でなく、民主党の議員は政治家でもない。
日本をどうするかとい政治的な考えは持っていないようだ。
アメリカに言われたから従う。
財務省に言われたから従う。
政治家としての理念や志も無い。
そんな議員が、この国の税制や社会保障について語るのは、間違っているし、資格もない。
また、民主党は、電力問題で情報をごまかし、放射汚染では情報を隠している。
なんら収束もしていない原発も、嘘の宣言をした。
そうして国民を危機に陥れているのだから、北朝鮮と何が違うのか。
アメリカの経済制裁に付き合うなら、イランから輸入していた原油を、産油国のアメリカに負担させるべきだ。
また、イラン原油の金額の7割程度で。

日本も核兵器を所有するべきだという人がいる。
核拡散防止条約に加盟している日本が、核兵器を所有できるわけが無い。
つまり、この条約から脱退して、アメリカからイスラエルのように核を貰うつもりか?
脱退しなくっても、核が持てる方法があるのだろうか?
日本なら、国際社会が許すと持っているのなら、なんとも愚かな事だ。
日本が良くて、北朝鮮やイランが悪い理由なった存在しない。
あるのは、アメリカの都合だけ。

アメリカが嫌いなわけでなく、好きな国です。
でも国家としてのアメリカは、どうだろう?
オバマ大統領が、核兵器の廃絶を望んだ。ならば、アメリカは核兵器を使用禁止兵器にするべきだろう。
核兵器は、大量無差別殺人兵器であるのだから、所持・使用禁止兵器にすべきだ。
無差別殺人だけでなく、人類の存続さえも危機にする、DNAを破壊する兵器でもある。
しかしながら、核兵器は未だに禁止兵器にはなっていない。
対外国に対する政治には、対話による交渉と経済的な交渉と武力による交渉がある。
一番いいのは、対話による交渉で解決すること。
でもそれで駄目なら、経済制裁。それでも駄目なら武力解決に進む。
イランの核兵器の開発疑惑に対して、会話による解決ができずに、経済制裁になる。
それに対して、イラクはホルムズ海峡を武力による閉鎖をするという。
このままでは、戦争になるかもしれない。
ホルムズ海峡を閉鎖されると、他国の原油を輸入するのに大きな障害になる。
アメリカは、このような事態を予測して、アフガニスタンをアメリカのために平定しようとしている。
アメリカの敵対国により、原油の輸入の障害にならないように、アフガニスタンを経由するパイプラインのために、
アフガニスタンへの軍事行動をしているのだから。
テロとの戦いは、平和のためといいながら、本音は自国の石油企業のためだろう。
国際政治は、国連の場で議論される、でも、ここは常任理事国という国が牛耳っている場所でもあり、
常任理事国にとって不都合なことは、なんら解決さえしない。
常任理事国は、核兵器の所有国でもあるのだから、核兵器が使用禁止兵器になることはない。
国連の場で、会話による交渉が持たれたとしても、それが常任理事国のとって不都合なら、解決はできず、
次の段階の経済的な圧力に進む。
特に核兵器は、常任理事国にとって、他国が持ってば脅威になるから許すわけにはいかない。
核兵器が簡単に使われない理由に、核抑止力があるが、これは核保有国の間でのことで、
核を持たない国は、核保有国(常任理事国など)によって、武力的には制圧されているようなものだろう。
核拡散防止条約は、核が多くの国に拡散して、核兵器の使用の危機が増えるかもしれないから、
現有の核保有国以外には、核兵器を持つ事を許さない条約のようなもの。
それは、核保有国に敵対する国は、核攻撃を受ける事があっても、反撃する事はできない。
外交交渉により、解決できないときの最終段階の武力対立(戦争)において、既に負けている事になる。
戦争行為は、政治手段の一つであり、国際社会では許されている。
アメリカは、簡単にこの政治判断を下している。
国連という政治解決をする場で、常任理事国(核保有国)により、対話による交渉も一方的であり、
すぐに経済制裁する。
また政治手段である戦争さえも、核保有国による核兵器による制圧をされている。
常任理事国に敵対する国が、政治手段である戦争で核制圧から逃れ、対等になるには核兵器を持とうとするの結果になる。
独立した国家は、対等であるべきだが、今の国際状況はそうではない。
国連の常任理事国制度を、見直さなければ、イランや北朝鮮のような国は、いくらでも現れるだろう。
また、核拡散防止条約という核保有国にとって都合の良い条約でなく、核兵器の所持使用を禁止する条約が必要だろう。
核保有国が核兵器を廃棄しない限り、イランに核兵器の開発を止めさせる理由がない。
なぜなら、独立した国家が、政治手段である戦争をするために、使用を禁止されていない兵器を持つ事を、
他の国が批判なんてできない。
それと、核兵器は持ってしまえば勝ちなのだから、その前例を作ったのがアメリカで、イスラエルに核兵器を与えたとされている。また、インドやパキスタンも核保有国になっている。
イランが核兵器を持ちたい理由には、アメリカによる中東などへの軍事侵攻があるだろう。
湾岸戦争やイラクなど、アメリカに都合の悪い国は、アメリカは戦争という政治行為で、
アメリカにとって都合の良い正義を旗印にし、侵攻してきた。
イランが、アメリカの軍事侵攻をから逃れるためには、核を保有したいと思うのは当然だろう。
核を保有しているとされているイスラエルが、簡単にパレスチナを軍事侵攻し侵略しているのを、アメリカは何もしない。
キリスト教国であるアメリカが、イスラム教国を次々と軍事侵攻をしているのだから、益々イランには核が必要に感じるだろう。
イランに経済制裁をしても、なんら解決はできず、戦争の危険性だけが増すだけだろう。
イランに核兵器の保有を諦めさすには、核兵器を使用禁止兵器にするしか方法はないのでは。
いままで、経済制裁で解決できた国際問題ってあったのだろうか?
経済制裁は、あくまで軍事行為への手続きとしか思えない。

イランのへの経済制裁は、アメリカ議会で決まった。
またEUも会議で決めた。
なのに日本は、議会での議論も無く、アメリカ議会の決定事項を従うだけ。
こんな政治ってあるだろうか?
日本は、日本としてどうするか決めなければいけない。
それが独立国家のしての義務だから。
民主党は政治団体でなく、民主党の議員は政治家でもない。
日本をどうするかとい政治的な考えは持っていないようだ。
アメリカに言われたから従う。
財務省に言われたから従う。
政治家としての理念や志も無い。
そんな議員が、この国の税制や社会保障について語るのは、間違っているし、資格もない。
また、民主党は、電力問題で情報をごまかし、放射汚染では情報を隠している。
なんら収束もしていない原発も、嘘の宣言をした。
そうして国民を危機に陥れているのだから、北朝鮮と何が違うのか。
アメリカの経済制裁に付き合うなら、イランから輸入していた原油を、産油国のアメリカに負担させるべきだ。
また、イラン原油の金額の7割程度で。

日本も核兵器を所有するべきだという人がいる。
核拡散防止条約に加盟している日本が、核兵器を所有できるわけが無い。
つまり、この条約から脱退して、アメリカからイスラエルのように核を貰うつもりか?
脱退しなくっても、核が持てる方法があるのだろうか?
日本なら、国際社会が許すと持っているのなら、なんとも愚かな事だ。
日本が良くて、北朝鮮やイランが悪い理由なった存在しない。
あるのは、アメリカの都合だけ。

アメリカが嫌いなわけでなく、好きな国です。
でも国家としてのアメリカは、どうだろう?
オバマ大統領が、核兵器の廃絶を望んだ。ならば、アメリカは核兵器を使用禁止兵器にするべきだろう。
2012.01.20
防災と護災
もし、ショッピングモールや映画館またはどこかビルで、非常ベルが鳴ったらどうしますか?
「えっ!火事!?」
でも、「もしかしたらイタズラか誤報かも?」
と、災害に巻き込まれたくないとい気持ちが優先し、間違いであって欲しいと思うかも。
そして、
誰かが、どうしたらいいかと知らせてくれるまで、その場で待っているかもしれない。
多くの人は、災害に遭遇する事はまれで、経験なんてないだろう。
今回のような大地震と津波を、テレビなどで見ていても、
「まさか」「そんなことはそうそうあるわけはない」と否定する気持ちが優先するだろう。
普段、車でラジオを聞いている。
朝の7時から夜の9時頃まで、RCCラジオを。
でも、朝の9時から11時半までは、NHKラジオを聞いている。
その時間帯のRCCラジオの番組があまりにも面白くないから。
それ以上に、NHKラジオの「ラジオビタミン」という番組が良い。
三流芸人のつまらないギャグ番組とドキュメンタリー番組くらいの差があると思う。
ラジオビタミンは、「お天気あっちこっつち」のコーナーでは、ネットを利用してリスナーとパーソナリティーが、情報を共有している。リスナーがメールで投稿した朝の写真を、パーソナリティーがそれについて話をする。
日本中の朝の風景が、番組のHPに投稿されて、同じような空の風景も、住んでいる地域が違えば、例えば日本アルプスの南側からと北側から見た風景として写し出されていることもある。
「ときめきインタビュー」のコーナーでは、色々な社会的な活動をされている人が登場する。
そのなかで、群馬大学の片田敏孝教授の防災についての話。
片田敏孝教授は、災害の研究者です。
今回の東北の大地震と大津波が起きる前から、防災について石巻市で講演をされていました。
(以下は、自分で聞いた内容を、うら覚えに書いていますから、ちょっと違うかも?)
大陸棚で大地震が起きると、大きな津波がきっと起こるから、その対策をしておく必要があると。
最初は、防災についての講演を一般にしていたが、このような講演を聴きにくる人は、もともと防災意識の高い人であり、毎回講演に来ていたようです。
そんな人に「今回の講演も良かったです」と言われ、このままではいけないと感じたそうです。
同じような人に何回も講演しても、防災意識は広がらないと。
そこで学校での講演をすることにしたそうです。
今は子供でも、10年経てば大人になり、20年経てば親になる。
何時来るかわからない災害に対して、長く生かされる教育が必要だと。
最初は、なかなか上手くいかなかったようで、いつくるかわからないものより、現実の多くの問題を解決することを優先する教育者など。(悪いわけでは無いと思いますが)
そんななか石巻市が協力してくれたそうです。
それでも、防災は子供たちだけでなく、その親や家族の理解も必要ですが、
やっぱり現実的でない何時来るかわからない災害より、現実が優先されます。
そこで、子供たちにアンケートします。
「もし大地震が起きたらどうするか?』
子供たちは、「親に連絡する」「家で親の帰りを待つ」等と答えたそうです。
そのアンケートの結果を親に渡し、「津波が来た時にお子さんの命は助かると思いますか?」と付け加え。
それから親たちの防災意識も変わったようです。
今回の大津波で、多くの人が命を失いました。
地域によっては、学校から逃げていた多くの生徒も犠牲になりました。
石巻市では、小中学生の生存率は99%以上です。
これは奇跡でなく、防災教育を行ってきたからでしょう。
中には、学校にいては危険だからと、近くの小学校から小学生を連れて逃げた中学校の生徒たちもいます。
先生に言われたからでなく、防災教育による自己判断で。
また逃げた場所も危険だからと、中学生の判断でより高台に逃げたそうです。
その直後に、今までいた場所に津波が襲ってきましたが、全員逃げていたあとだったそうです。
片田敏孝教授が言っていたことに
「どんな津波が襲ってきてもできることがある。それは逃げることだ」
特に中学生には「君たちは守られる側ではなく、守る側だ。自分より弱い立場にある小学生や高齢者を連れて逃げるんだ」
子供たちはこれを実践したのです。
片田敏孝教授も今回の津波の大きさは、自分が思っていたものより大きかったそうです。
だから、もしかしたら最悪な結果になっているか心配されたそうですが、
石巻市からの連絡により、安堵されたそうです。とはいっても犠牲になってる子供もいたのですから。

少し大きめの自然災害なら、その災害を防ぐ事ができるだろう。
丈夫な建築、整備された防災施設、堤防や砂防ダムなどで、
でも、自然はそう甘いものでなく、自分んたちが想定した以上のものが度々起こる。
今回の災害も、「想定外」という言葉で済まそうとする人も多い。
想定とは、「起きてほしくないもの」や「経済的なもの」や「その時の都合」が含まれるのではないだろうか。
だけども、自然には人間の思うようにはならないし、人の考えも及ばないこともある。
宇宙ができてからと人の歴史を考えると、未経験なことばかりだから。
だからといって、何百年に一度あるかどうかの災害のための防災施設は、どうなんだろうか?
またどんな防災施設を作ったとしたも、その都合に合わせた災害が起きるとはいえない。
災害から防いでもらう事を望むより、自らが災害から命を護る必要があるだろう。
「誰かがなんとかしてくれる」
でなく
「自分たちでどうしたら良いのか」
そのためには、知識を得るための教育が必要だろうし、皆が同じ意識の高さの共有が必要だろう。
災害から身を護るには、多くに人の協力は必要だろう。
それには、普段から「私が!」「オレが!」でなく。
周りへの思いやりが必要だろう。
災害から身を護るために、他人に任せるだけの防災だけでなく、自らで命を守るための護災も大切だと思う。

この方の社会活動も「護災」教育ではないだろうか?
溢れる性情報という人災で、子供たちが傷つくのなら、子供たちを守る必要がある。
だけどもその情報を子供たちに聞かせない見せないという防災が一番だという人がいる。
それも大切だが、その防災では防ぎきれないのが現状だろう。
例えば携帯電話には、フィルターをかければいいと言うが、それは変だと思う。
子供たちに渡す携帯電話に、ネットを閲覧するソフトを入れなければいいだけの事。
電話機能とメール機能だけあればいい。GPS情報が必要であってもネットを見る機能は必要ない。
そうなら学校の裏サイトなんてのもできないし。
子供達が、性情報という人災から身を護るためには、だれかになんとかしてもらうことでなく、
正しい教育を受けて、自分たちも周りの人達も守るための知識は必要だろう。

何かで聞いた事がある。
江戸時代も、度々大きな地震があり、
江戸時代の人達、庶民は、台風や地震で家が倒壊して下敷きになり大怪我や死ぬ事がないように、
家を軽量化したそうです。
瓦で覆われた重い屋根にして下敷きになるより、家が倒壊しても救い出せるように。
瓦で雨漏りが無い生活より、雨漏りがする板張りの屋根でも、雨漏りより命が護れる方がいいと。
天災は、自分たちではどうにもならないから。
だけでも火災は人災だから、これだけはなんとかしようと。
自分たちの命は自分たちで護っていた時代の生活の知恵だったのだろう。

片田敏孝教授の詳しい話はこちら==>■ に書いてあったので興味のあるかたはどうぞ。
「えっ!火事!?」
でも、「もしかしたらイタズラか誤報かも?」
と、災害に巻き込まれたくないとい気持ちが優先し、間違いであって欲しいと思うかも。
そして、
誰かが、どうしたらいいかと知らせてくれるまで、その場で待っているかもしれない。
多くの人は、災害に遭遇する事はまれで、経験なんてないだろう。
今回のような大地震と津波を、テレビなどで見ていても、
「まさか」「そんなことはそうそうあるわけはない」と否定する気持ちが優先するだろう。
普段、車でラジオを聞いている。
朝の7時から夜の9時頃まで、RCCラジオを。
でも、朝の9時から11時半までは、NHKラジオを聞いている。
その時間帯のRCCラジオの番組があまりにも面白くないから。
それ以上に、NHKラジオの「ラジオビタミン」という番組が良い。
三流芸人のつまらないギャグ番組とドキュメンタリー番組くらいの差があると思う。
ラジオビタミンは、「お天気あっちこっつち」のコーナーでは、ネットを利用してリスナーとパーソナリティーが、情報を共有している。リスナーがメールで投稿した朝の写真を、パーソナリティーがそれについて話をする。
日本中の朝の風景が、番組のHPに投稿されて、同じような空の風景も、住んでいる地域が違えば、例えば日本アルプスの南側からと北側から見た風景として写し出されていることもある。
「ときめきインタビュー」のコーナーでは、色々な社会的な活動をされている人が登場する。
そのなかで、群馬大学の片田敏孝教授の防災についての話。
片田敏孝教授は、災害の研究者です。
今回の東北の大地震と大津波が起きる前から、防災について石巻市で講演をされていました。
(以下は、自分で聞いた内容を、うら覚えに書いていますから、ちょっと違うかも?)
大陸棚で大地震が起きると、大きな津波がきっと起こるから、その対策をしておく必要があると。
最初は、防災についての講演を一般にしていたが、このような講演を聴きにくる人は、もともと防災意識の高い人であり、毎回講演に来ていたようです。
そんな人に「今回の講演も良かったです」と言われ、このままではいけないと感じたそうです。
同じような人に何回も講演しても、防災意識は広がらないと。
そこで学校での講演をすることにしたそうです。
今は子供でも、10年経てば大人になり、20年経てば親になる。
何時来るかわからない災害に対して、長く生かされる教育が必要だと。
最初は、なかなか上手くいかなかったようで、いつくるかわからないものより、現実の多くの問題を解決することを優先する教育者など。(悪いわけでは無いと思いますが)
そんななか石巻市が協力してくれたそうです。
それでも、防災は子供たちだけでなく、その親や家族の理解も必要ですが、
やっぱり現実的でない何時来るかわからない災害より、現実が優先されます。
そこで、子供たちにアンケートします。
「もし大地震が起きたらどうするか?』
子供たちは、「親に連絡する」「家で親の帰りを待つ」等と答えたそうです。
そのアンケートの結果を親に渡し、「津波が来た時にお子さんの命は助かると思いますか?」と付け加え。
それから親たちの防災意識も変わったようです。
今回の大津波で、多くの人が命を失いました。
地域によっては、学校から逃げていた多くの生徒も犠牲になりました。
石巻市では、小中学生の生存率は99%以上です。
これは奇跡でなく、防災教育を行ってきたからでしょう。
中には、学校にいては危険だからと、近くの小学校から小学生を連れて逃げた中学校の生徒たちもいます。
先生に言われたからでなく、防災教育による自己判断で。
また逃げた場所も危険だからと、中学生の判断でより高台に逃げたそうです。
その直後に、今までいた場所に津波が襲ってきましたが、全員逃げていたあとだったそうです。
片田敏孝教授が言っていたことに
「どんな津波が襲ってきてもできることがある。それは逃げることだ」
特に中学生には「君たちは守られる側ではなく、守る側だ。自分より弱い立場にある小学生や高齢者を連れて逃げるんだ」
子供たちはこれを実践したのです。
片田敏孝教授も今回の津波の大きさは、自分が思っていたものより大きかったそうです。
だから、もしかしたら最悪な結果になっているか心配されたそうですが、
石巻市からの連絡により、安堵されたそうです。とはいっても犠牲になってる子供もいたのですから。

少し大きめの自然災害なら、その災害を防ぐ事ができるだろう。
丈夫な建築、整備された防災施設、堤防や砂防ダムなどで、
でも、自然はそう甘いものでなく、自分んたちが想定した以上のものが度々起こる。
今回の災害も、「想定外」という言葉で済まそうとする人も多い。
想定とは、「起きてほしくないもの」や「経済的なもの」や「その時の都合」が含まれるのではないだろうか。
だけども、自然には人間の思うようにはならないし、人の考えも及ばないこともある。
宇宙ができてからと人の歴史を考えると、未経験なことばかりだから。
だからといって、何百年に一度あるかどうかの災害のための防災施設は、どうなんだろうか?
またどんな防災施設を作ったとしたも、その都合に合わせた災害が起きるとはいえない。
災害から防いでもらう事を望むより、自らが災害から命を護る必要があるだろう。
「誰かがなんとかしてくれる」
でなく
「自分たちでどうしたら良いのか」
そのためには、知識を得るための教育が必要だろうし、皆が同じ意識の高さの共有が必要だろう。
災害から身を護るには、多くに人の協力は必要だろう。
それには、普段から「私が!」「オレが!」でなく。
周りへの思いやりが必要だろう。
災害から身を護るために、他人に任せるだけの防災だけでなく、自らで命を守るための護災も大切だと思う。

この方の社会活動も「護災」教育ではないだろうか?
溢れる性情報という人災で、子供たちが傷つくのなら、子供たちを守る必要がある。
だけどもその情報を子供たちに聞かせない見せないという防災が一番だという人がいる。
それも大切だが、その防災では防ぎきれないのが現状だろう。
例えば携帯電話には、フィルターをかければいいと言うが、それは変だと思う。
子供たちに渡す携帯電話に、ネットを閲覧するソフトを入れなければいいだけの事。
電話機能とメール機能だけあればいい。GPS情報が必要であってもネットを見る機能は必要ない。
そうなら学校の裏サイトなんてのもできないし。
子供達が、性情報という人災から身を護るためには、だれかになんとかしてもらうことでなく、
正しい教育を受けて、自分たちも周りの人達も守るための知識は必要だろう。

何かで聞いた事がある。
江戸時代も、度々大きな地震があり、
江戸時代の人達、庶民は、台風や地震で家が倒壊して下敷きになり大怪我や死ぬ事がないように、
家を軽量化したそうです。
瓦で覆われた重い屋根にして下敷きになるより、家が倒壊しても救い出せるように。
瓦で雨漏りが無い生活より、雨漏りがする板張りの屋根でも、雨漏りより命が護れる方がいいと。
天災は、自分たちではどうにもならないから。
だけでも火災は人災だから、これだけはなんとかしようと。
自分たちの命は自分たちで護っていた時代の生活の知恵だったのだろう。

片田敏孝教授の詳しい話はこちら==>■ に書いてあったので興味のあるかたはどうぞ。
2012.01.15
悲しい知らせ
今朝、父から電話があり、悲しい知らせを聞きました。
こんな時じゃないと、なかなか会えない親戚の人達。
皆、年をとり、従兄弟たちも昔の若かったころの面影が残るだけ。
明日は、最後のお別れです。

まだ早かったです。
母は2番目。そして3番目になります。
こんな時じゃないと、なかなか会えない親戚の人達。
皆、年をとり、従兄弟たちも昔の若かったころの面影が残るだけ。
明日は、最後のお別れです。

まだ早かったです。
母は2番目。そして3番目になります。





